動物



猪と狸は共通の事柄で争うことは不可能だ。

猪には好きなだけ走らせてあげるのがいいのかもしれない。

雄叫びを上げて踏みしだきまわった猪が
満足して帰った後で
狸は落ち着いて事を整えればいい。


猪は
猪でいなければいけない

狸は
狸でいなければならない


どっちもどっちだ。



ここに鹿がいても
   兎がいても

異種が同じ事柄において
争えることは恐らくない

彼らができることも できないことも
持って生まれた資質というのは
異種においても同種内においても
個々各々で少しずつずらされている
それが共存の為に図られた
自然界のプログラムなのかもしれない。


 違い は、『認めるもの』ではなくて
 ただそのものとして
 そこに在るものなのだ。

 誰も、何も、引っ掛かることなど
 なくていいのだ。

 そういう面では
 わざわざ目を留めることなく
 見過ごされていい、
 目に見えることのない、
 空気のようなものなのだ。



 そうして考えてみると、
 透明と感じられる自分の存在も、
 もしかしたら 誰も
 自分の存在に違和感を持っていないから
 取り立てて働きかけられることも
 ないのかもしれない

 だとしたら
 自分からの働きかけ(のやり方)次第では
 (うまく彼らの視線を
 自然にこちらにも流れるようにできれば)
 ある程度
 彼らとの“仲間めいた”関係づくりも
 可能になるのではないか?

 (ただ、これは焦らずアピールし過ぎず
 少々テキトーに緩めに様子を見ながら
 やっていくことなのだと思う)


 自分が 生きたいと自ら思い
 自分を実際に大切にし始めた時
 初めて
 自分にとっての人間関係 が
 スタートを切るのかもしれない


 スタートを切れる人が
 その人達の助けになってくれる人が
 次々と現れ
 次第に増えていくことを
 願って止まない。


  ・・ ・<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<・・ ・
     

 こうやって、一つの事から
 次第に広げていく考え方を
 『演繹的(えんえきてき)』な考え方と
  言うらしい。

 典型的な、文系の考え方だそうな。


 私は
 多面的理論武装者にはなれないし、
 なる気もない。

 バリバリの体育会系になるのも無理だし
 なりたい気もしない

 ただ
 自分でいられたら
 どんなに幸せだろうと、思う。

  回廊の出口探しは
  まだ 途中。

  或いは、この場の全容を
  ある程度把握しないと
  答えを導き出すのは
  難しいのかもしれない。

  

   自分との戦いは、
   つづく。


                   .
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by kobane99gi | 2017-07-31 08:38 | つぶやき | Comments(0)
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世間の対岸。


by こばね
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